「うふふ~」
「なんですか、まどかさん」
十分に温まったポットからお湯を捨て、丁寧に茶葉を入れる。なるべく高い位置から、新たに沸かしなおしたお湯を勢いよく注ぎいれて砂時計をひっくり返し、ティーコゼーを被せたところで麻衣は、外からこちらを覗き込むようにしていた上司の上司である妙齢の女性へと振り向いた。
「んん~、あの子が一体、どんなカオするかと思って♪」
いいにお~い、と弾む口調で答えながら女性――森まどかが楽しげに微笑むのに麻衣は、ほんのりと頬を染めた。
「ねぇ、麻衣ちゃん。ちょっとこっちに来ない?」今月、連休あったわよね。そう、まどかから電話があったのは、ちょうど二週間前のことだった。どうしても断ることのできない相手から、デイヴィス博士へと直々に調査の依頼がきたとのことで、ナルが英国へと帰ってから、はや三週間。当然のように状況連絡などまったくないまま、まどかから漸く、調査が無事に終わったこと、ただそれでも、せっかくの機会を逃すまいと上層部や後援者たちが次々に予定を埋めようとしているため、まだしばらくは日本に戻れそうにないことを教えてもらい、ほっ、と息を吐くと同時、まだ帰ってこないことに、しょんぼり肩を落としていたら、「さみしい?」と訊ねられ。咄嗟に上手く切り返すことなんて麻衣にはとうてい出来ず、う、だの、あ、だのと咽喉に詰まった声しか出せずにいたら、まるで内緒話をするかのように顰めた声でそう誘われたのだ。
あの子も、さみしそうなのよね。だなんて言われて、そんなことあるはずがないと口では否定しながらも、もしそうだったなら嬉しいな、と心臓が、どきどき、と機嫌よく跳ねだすままに頷いた麻衣は、即送られてきた空港チケットをしっかりと握りしめてこの英国の地を踏んだのだった。
「ホント、幸せ者よねぇ、ナルは。こ~んな美味しい紅茶を淹れに、はるばる日本から来てくれるカノジョがいるんだもの」
「か、かのじょ!?」
砂時計の砂が完全に落ち切ったのを確認してティーコゼーを外し、ゆったり、とポットのお湯を回す。濃い茶褐色に輝くそれを白磁のティーカップに注ぎいれて、ふぅ、と息を吐いた麻衣は、しみじみと落された呟きに目を剥いた。想像もしていなかった発言に、ぎょっ、として振り向けば、まどかもまた麻衣の反応に大きく目を瞠っている。
「ち、ち、違います! そんなんじゃ――…!!」
「ぇ、違うの?」
慌てて、ぶんぶん、と首も両手も左右に振って否定すれば、まどかも同じくらい驚いた様子で訊ねてきた。意外だわ、と言わんばかりの彼女に、こくこく、と同意して麻衣は、赤くなっているだろう火照った頬を両手で隠すように覆う。
彼女、だなんてとんでもない。ただ麻衣が、一方的にナルを好きなだけだ。
いつからだとか、どうしてかなんて解らない。判らないけれど、否定しようと彼の欠点を上げると同時に、いやでも、と彼の長所を上げて、フォローをするのだから、仕方がない。仕方がないから、ナルが好きな自分を受け入れることにして。けれど、彼の双子の兄を好きだと言った、その同じ口で告白なんてできるはずもなく。たとえ伝えなくても、一人でも恋はできるのだから、ひっそりと想うことに決めた。ただ、それだけだ。
だから。
「え~、絶対そうだと思ったのにぃ」
「だから、違いますって」
納得がいっていないらしいまどかが、本当に、と覗き込んでくるのに、苦笑を浮かべてもう一度否定すると、麻衣は軽くノックをして『デイヴィス博士』の研究室へと入る。とたんに振り向いて、好奇心を隠そうともしない視線を向けてくるスタッフ達に一瞬、怯みそうになるものの、すぐさま軽い口調で彼らを諌めてくれたまどかに促されて、部屋の一番奥に設置された、もう一つの部屋へと繋がるドアの前へと立った。
すぅ、はぁ。と深く一度、深呼吸をして。よし、と自分に気合を入れると、ノックをするために右手を上げる。上げようとして、その前に、がちゃり、と音を立てて開かれたドアの、その向こうから逢いたくて仕方がなかった相手が、彼女が今、この場に来ていることなんて知らないはずなのにいつものように、「麻衣、お茶」と言いかけたのに麻衣は、大きく目を見開いて。
「はい、ナル。お茶だよ」
それから、驚いたように目を瞠ったナルに、にっこり、と満面の笑みを見せたのだった。
END
日本に忘れてきたのは、仕事の合間合間に渡される、彼女の心が込められた、一杯の紅茶。
ツイッターの診断メーカー「シリアス恋愛にひとつのお題(http://shindanmaker.com/160701)」から、「忘れ物を届けに」でした!
あんまり、てゆか全然シリアスってないけど! ナルの出番最後しかないけど!!
でも、ナル麻衣だと言い張る!!
[9回]
PR