2014 夏コミ新刊です。
ある日目が覚めたら、超絶美形(ナルのこと)に抱き締められていて、しかも妊婦さんになっていて、ナニコレどゆこと~~!!???とパニックに陥る15歳・中学3年生の麻衣と、外見はそのままなのに突然中身だけが自分と出逢う前の精神に戻ってしまった愛妻に戸惑いつつも、とりあえず麻衣は麻衣だから、といつも通り?甘やかしている??ナルとの、中身だけ10歳差な、中身だけ歳の差ナル麻衣の約1週間のお話。
「何を隠れているんだ?」
「ぅ……」
散々悩んだ挙句、ほぼ中央に掛けられていたパッチワーク風のワンピースを身に付けた麻衣が、こっそり、と廊下からキッチンを覗き込んでいたら、こちらに背を向けているはずの彼に声を掛けられた。もう出来上がるから、待っていろ。そう振り向かないまま、廊下の突き当たりの部屋を指で示されて、恐る恐る突き当りのすりガラスのドアを開く。
「ぅわ~……!」
内開きになっているそのドアを開いて、一歩、中に足を踏み入れればそこはものすごく広い部屋で、ぽかん、と無意識の内に口が開いた。
「う、うちの家、すっぽり入りそう……」
たった一室なのに、麻衣と母で住んでいるアパートの、台所と居間兼食堂兼寝室の部屋を合わせたよりも大きそうに見える。長方形の一角だけが凹んだ形をしているそのリビングは、寝室よりも心持ち淡い色合いの壁紙が貼られていて、ガラス張りになっている右の壁からは、ゆらり、ゆらり、と洗濯物が風にゆられているのが見えた。
「……麻衣?」
廊下の正面から少し右にずれた場所には大きなソファが置いてあって、隣にはゆったりとした大きなロッキングチェアーが並べてある。前にはガラステーブルが置かれていて、さらにその前の壁には薄型のモニターのようなものが立てられていた。刑事ものやSFなどで見たことのあるような黒いそれに、なんだろう、と近付いていくと、左側から訝しげに名前を呼ばれた。振り向けば、いつの間にかキッチンから出てきたらしく、テーブルにいくつかの料理を並べた青年がこちらを見ている。その瞳が微かに細められて、笑みにも似たそれに、どきり、と心臓がひとつ跳ねた。
「な、なにか……?」
「いや。麻衣は、麻衣だなと思って」
どきどき、と急に張り切り出した心臓を押さえるように左胸を押さえながら近付けば、彼は軽く頭を振る。噛み締めるようなその口調に、確かにあたしは麻衣だけど、と内心で首を傾げれば、その服、とワンピースを指差された。
「ふく?」
それは、着替えのためにクローゼットを開いて、真っ先に目に飛び込んできたワンピースだ。袖口がパフスリーブになっていて、胸のすぐ下でパッチワークのスカートに切り替わっていて、ものすごく可愛い。さらさら、とした手触りも気持ちよくて、ほとんど一目惚れだったのだけれど。
もしかして、着ちゃダメな服だったのかな。でも着替えろって言われたし、好きなの選んでいいって言われたし。
「それはルエラ……僕の義母が、麻衣のために作ったんだ」
「あなたの……おかあさんが?」
「そう」
「そうなんだ……」
裾を摘んで少しだけ持ち上げ、彼の顔とワンピースとを、きょときょと、と伺うように何度も見比べていると、そういって彼が笑った。その表情はものすごく優しくて、けれど目線が、麻衣を見ているようで見ていなくて。
何故だろう。胸が、ずきっ、とした。
「ね、ねぇ、これすごいね! あなたが作ったの?」
「いや」
よくは判らない。解らないけれど、この痛みは深く考えて、追及してはいけないような気がして、麻衣は話を変えようと、テーブルの上に広げられた食事を見た。
焼き立てなのか、ほかほか、としたパンとトマト煮っぽい豆やお野菜。スープにも野菜がたっぷり入っている。ふわ、と食欲をそそる良い匂いが立ちのぼっていて、とても美味しそうだ。
「これは、麻衣が」
とりあえず何でもいいから、と思って指差したけれど、様々な大きさの皿に盛りつけられた料理の数々に思わず感嘆の声が出た。色取りも綺麗で、初めて見る本格的な洋風の朝食に、うわぁ、うわぁ、と様々な角度から覗き込んでいた麻衣は、突然出てきた自分の名前に、その動きを止める。あたし、と首を傾げそうになって、けれどすぐさまそんな筈がないと思い直す。だって自分ではこんなもの作れそうにないし、初めて見る料理すらあるのだ。おそらく彼の言う『麻衣』は自分ではなくて、彼の麻衣なのだろう。
「僕は温めただけ。パンもラタトゥイユも麻衣が毎日、寝る前に作っているし、スープも休みの日に大量に作ってストックしているから」
自分がいないからと言って食事を抜いたら、帰ってきたときに泣きながら怒るからな、アレは。
そう言いながら自然な動きで椅子を引き、麻衣を座らせてくれた彼の表情は、見ているこちらが恥ずかしくなりそうなほどに柔らかくて。
あぁ、この人はきっと、『麻衣』をとても、とても愛しているのだな、と解った。
[3回]
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