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いつか書くつもりの、巻き込まれ事件もの?のワンシーン。
ツイッターで、あなたは7RTされたら「もう少し…もう少しだけ、このままで」の台詞を使ってナル麻衣を描(書)きましょう。と言われて、7人以上の方にリツイートいただけたので、ちょっと先走って頑張ってみた。
なお、本編はまだ1行もできていないので、実際に書いたときにこのまんまのシーンが出るかは未定です。
そして、今日も。
自身の体内時計は信用できないので、モニタ下部に設置されている時計に目をやればデジタルの数字は『15:28』と表示されており、普段なら、締切等のため邪魔をしないようにと言明していない限りは、「お茶の時間だよ~」休憩しなよ~。と呼びに来る時刻から三十分ほど過ぎている。
一瞬、どうするか、と考えたものの、今とりかかっている内容は自分用のまとめのようなもので、特に急ぎというわけではなかった。切りもいいし、何より渇きを訴える咽喉が煩いため、ナルは空いたカップを持つと所長室を出る。
「麻衣、お茶……」
扉を開き、だが周囲を見回すも室内はもぬけの空で、ナルは軽く眉根を寄せた。
リンはいつも通り機材室にいるはずであるし、安原からは事前に今日は休む旨を聞いている。そのため、今日オフィスにいるのは麻衣だけで、その彼女が急きょ買出しに行ったとしてもナルに一言の断りもなく外出するはずがない。ならば、給湯室にいるのだろうか、と足を進めたナルはしかし、ソファに沈み込むように身を預けている少女の姿を見つけ、顔をしかめた。
「……こいつは」
前のローテーブルには複数の新聞紙が広げられており、鋏や糊があることからも、気になる記事をファイリングしていたのだろうことが推測される。確かに机でやるよりも広さのあるテーブルのほうが作業はしやすいだろうと思われるし、いつどんな事件が調査の対象になるか判らないのだから、と空いた時間に行う仕事としてこれを麻衣に命じたのはナルなのだから、彼女がソファに座っていること自体は何ら問題がない。だが。
「麻衣、起きろ!」
だが、就業時間にもかかわらず、のんきに寝こけているとはどういうことだ。
確かに今朝、顔色が悪いとは思ったし、具合が悪いようなら帰るか、松崎さんに連絡をしろとも言ったが、本人が平気だと固辞したのだから、業務は真っ当にすべきだろう。きっかけは同情であっても、こちらも慈善事業をしているわけではないのだから、給料に見合う働きはしてもらう必要がある。
それでも一応、急に状態が悪化して意識を失っている可能性もあるため、慎重に俯せられていた上半身を抱き起し。驚くほど冷たく冷え切った体に、ナルは大きく目を瞠った。
「ま――…っ!?」
瞬間、バチン、とまるでブレーカーでも落ちたかのような鋭い音を伴った衝撃に襲われて、視界が真っ暗になる。自分の意思を無視して無理やりサイコメトリをさせられているときにも似た、だが完全に引きずられ、落ちていくのではなく、ただ周囲の世界だけが塗り潰されて。
――け、て……。
一体、何が起こった。
そう疑問に思う間もなく聞き慣れた、だが悲痛に満ちたソプラノが耳に届いて顔を上げ、ナルは目の前の光景に息を呑んだ。
「っ、ま、い……!?」
たった今まで腕の中にいたはずの少女が、なぜか遠く、離れた場所で泣き濡れている。
華奢な肢体には嬲るように、捕らえるように無数の黒い帯のようなものが巻き付いていて、それらが絶え間なく蠢く。
そのたびに彼女の口唇から拒絶と嘆きの声が上がり、だが少しでも逃れようと必死にもがく少女の非力さを嘲笑うかのように、また一本、黒い帯が巻き付いて、ナルはその醜悪さに吐き気を覚えた。
同時に、黒と黒の間に見え隠れする肌の色から少女が裸、もしくはそれに近い状態であり、そんな無防備な彼女を呑み込もうとしているそれが『男』の欲望なのだと判る。解った瞬間、反射的にナルは己が右手に意識を集中させていた。
「麻衣!!」
「……な、る?」
本音を言えば。
この世から、塵一つ、跡形すらも残さず消し去ってやりたい。
目の前で、自分の庇護下にあるはずの存在が、もっとも忌み嫌う男の欲望に蹂躙されようとする様は、一瞬でナルから鉄壁であるはずの理性を叩き潰すほどの衝動と怒りを湧きあがらせた。だが、今自分たちのいるこの『場』がどういった要因から成り立っているのか判らない以上、無謀な真似はできないし、何より囚われている麻衣が実体にしろ霊体にしろ、ナルの全力の攻撃を受けて無事でいられるはずがない。
「なるぅ……!!」
「目を閉じて、全力で走れ!!」
そう、かろうじて引っかかっていた理性の鎖が冷静さを叫んだためナルは、ぎりぎりまで引き絞られ、今にも切れそうなほどに細まった糸と同じくらい最小限の、けれどできる限りの力を込めてPKを放った。そのまま、ぐしゃぐしゃの顔で必死に手を伸ばす麻衣を救い出すべく『力』の後を追う。青い稲妻が寸分違わず『男』を貫いて、黒が木っ端微塵に砕け散り、大きくよろめいた少女は予想通り生まれたままの姿をしていて、一刻も早く守るべく腕を広げたナルの胸へと飛び込んできた。力一杯しがみ付いてくるその重みをしっかりと受け止めれば、ぱきん、とどこからか何かが割れる音がする。音のありかへと視線を巡らせれば自分たちの足元から、ぱきん、ぱきん、と硝子のように無数の罅が走り出して。
「……よかった」
際限なく、放射線状に広がっていくそこから、壁が剥がれていくかのように世界が崩壊していく。成す術もなく宙へと投げ出され、落下していく中、とっさに深く抱き込めば麻衣が、腕の中で小さく呟いたのが聞こえた。
――…今度は、助けてくれた…………
***
「――…っ!?」
がん、と背中から腰に掛けて鋭い痛みが走り、ついで左半身が何かに打ち付けられる。どうやらどこかから落ちたらしい、と判断した脳が、痛みに次いで『落ちる』という感覚に反応した。
「麻衣っ!?」
そうだ。たった今自分は、自分たちは闇の世界から墜落させられたはずだ。
慌てて腕の中を確かめれば、ナルの記憶のままに首元へとかじりついている少女がいて、思わず安堵の息が漏れる。あの世界での麻衣と同じようにその頬は涙に濡れているが、氷のようだった体温はやわらかなぬくもりに戻っているし、もちろん衣服もちゃんと身に着けていた。
「……なんだったんだ、今のは」
ほかにも、簡単にではあるがその身に傷や痣らしきものがないことを見取ると上半身を起こした。無理にサイコメトリのような状態へ落ちいれさせられたせいか、ひどくだるい躰に鞭打って、床へ伏せている少女を引き寄せ、ソファへと背中を預ける。それから、ゆったりと意識をして息を吐いた。
まだ、精神があの闇の世界と、そこでの怒りに引きずられている気がする。
肺の中の空気ごと、こちらを侵食しかねない澱んだ悪意を吐き出して冷静さを取り戻すと、ナルは思考を働かせはじめた。
麻衣の世界にあの『黒』が迷い込んだのか、それとも麻衣が『黒』に引きずり込まれたのか。今の時点では判断材料がないため何とも言えないが、あれがこの世界とは異質であり、また危険な存在であることは、ほぼ間違いないだろう。問題は、それがたまたま、高い霊力を持つ彼女を見つけて狙ってきた行きずりのようなものなのか、それとも最初から麻衣を狙っていて、たまたまその現場がオフィスとなり、そこに自分が遭遇したのか。だが。
「……何故、もっと早く言わない」
だがそれが、後者であることをすぐさま判断してナルは、その厄介さと不愉快さに眉根を寄せた。
何故ならば、少なくとも相手はリンの結界によって護られているはずのこのオフィス内であっても力を発揮できるような存在であり、また彼女が襲われたのは、今日が初めてではないからだ。そうでなければ、『今度は』などという言葉が出てくるはずがない。
「っ、ぅ……?」
それなのに、何故さっさと助けを求めないのか。
『夢』を視ていたものの気付かない、あるいは視ていたことさえも忘れている、忘れさせれらている可能性がないわけではないが、それでもあんな体験をさせられ続ければ精神には多大な負荷がかかるし、癒せない傷もつけられる。そうなれば当然、体調にも影響が出るのだ。他人の心配をしている暇があるなら自分のことをもっと気にかけろ、とも思うし、同時に二週間ほど前から彼女の様子がおかしいと気づいていたのに、もっと早く、強く問いたださなかった自分にも腹が立つ。最低でも二週間、もしかするとそれよりもさらに以前から麻衣は悪夢に囚われていたかもしれないのだ。そしてそれは、ナルが気付かなけれは今後も見続けたかもしれない。その先に待つ結末に思い至って、無意識のうちに抱きしめる腕に力がこもっていたらしく、麻衣の口から苦しげな声が漏れた。慌てて腕を緩めて顔をのぞきこめば、目覚めが近いのかその瞼が微かに震えて。
「……な、る?」
現れたラディッシュブラウンの瞳がこちらを認識した途端、大きく見開かれた。かと思うと、くしゃり、とその顔が歪んで、先ほどまで以上の力でしがみ付かれる。
「なるぅ……!」
咄嗟だった上、ナルもまだ回復したわけではなかったため、支えきれず一緒に倒れてしまう。変に力が入らなかったのが良かったのか、特に痛みはなかったものの、これはしばらく動けないだろう。麻衣も、あんな目に遭ったあとなのだから、落ち着くまではもう少しかかるだろうし、問い詰めたり、対策を考えたりするのはそれからだ。
「ご、め……」
そう判断し、ハンカチ代わりを甘んじて受け入れたナルの溜息をどう受け取ったのか、びくり、と麻衣の肩が跳ねた。それから、きゅう、とますますしがみ付く力が強くなる。
「麻衣?」
「ごめ、なさ……」
どうした、と訊ねれば、いやいや、と首を左右に振る。なだめるように髪を撫でれば、「もう少し……」とか細い声が聴こえてきた。
「……もう少しだけ、このままでいて……」
これが、麻衣以外の相手なら、無事であることさえ確認できたなら、有無を言わさず引きはがしている。さすがに、恐ろしい目に遭った女性を一人で放り出すほど人非人ではないが、傷ついたものを慰め、そばにいるのは自分の役目ではないからだ。人には向き不向きがあって、ナルは自分がそういったことに向いていない人間であると自覚していたし、また、率先してしようと思ったこともない。だが今、泣きながら縋り付いている少女はナルにとって、そんな風に切り捨てられるほど粗末な存在ではなかったから。
「……わかった」
仕方ない。そうもう一度嘆息して、ナルは彼女が思う存分泣けるよう、その耳を塞ぐように頭を抱えると、しっかりと胸の奥深くへとしまい込んだ。