「ナル~! 桃むけたよ~!」
るんるん、と擬音が聞こえそうなほど弾んだ声での呼びかけに、ナルは読み進めていた本から顔を上げた。
低いガラステーブルに置かれた皿にはカットされたいくつかの果実がある。たっぷりの蜜を湛え、甘く香るそれは日本では当たり前のように『桃』と称され食されているが、本国では桃と言えば黄色い果実であり、主にジャムや砂糖漬けにされた状態で提供されているため、ナルにはあまり馴染みのない果実だ。だが日本の果実はただ悪戯に甘いだけでなく、それが持つ本来の甘みを引き出しつつ、さらに奥深い味わいをしており、この国に来るまであまり甘いものを好んでいなかったナルにも抵抗なく食べられるものが多いため、おそらくこれも美味しいと感じられるクオリティをしているだろうことは、想像に難くない。
難くない、が。
「あちゃ~、果汁でびちゃびちゃだぁ」
手やテーブルを拭くために用意したのだろう。肘下に敷いた布巾を持ち上げようとした麻衣が、ん~、と軽く首を傾げる。しげしげ、と自身の掌を見つめたかと思うと、ぺろり、とそれを舐め上げた。
「あま~い! おいし~い!! ナル、美味しいよこの桃~!!」
にっこ~、と満面の笑みを浮かべて、麻衣が顔を上げる。食べて食べて~、と嬉しそうに笑う彼女にそんな意図は一切ないと分かっていながら、その香りに誘われ、食欲を刺激されている自分を内心で嘲笑いながら、ナルは細い手首を掴んだ。
白人とは違う、柔らかな色味の肌はほんの少しでも力加減を間違えてしまえば、とたんに潰れてしまいそうなくらいに頼りなく。そのくせ、こちらの理性を甘く、ぐずぐずに溶かそうとするのだ。
「ナル?」
きょとり、と瞬いたラディッシュブラウンの瞳が、どうしたの、と問いかけてくる。「桃、食べないの」と、そう訊ねてくる瞳に、食べる、と肯いてナルは、腕を伝い落ち、肘から零れそうになっている蜜へと舌を伸ばした。
「ひゃあっ!?」
ぴちゃり、と舌から口内全体へと甘い果汁の味が広がり、香りが鼻から抜けていく。ぴちゃぴちゃ、とまるで犬猫がミルクを飲むかのように腕に纏わりついていた蜜を舐めとっていけば、掴んでいるそれが微かに震えだした。止めて、だなんてそんな甘い声で、熟れ頃に染まった頬で言われても説得力なんて欠片もないことを、そろそろ彼女は自覚するべきだと思う。同時に、いつまでたっても物慣れない彼女の仕草を愛しく感じ、簡単に惑わされてしまう自分も悪くないとも感じているため、いつまでもこのままでも一向に構わないのだけれど。
「な、な、なる……ぅ?」
ほら。今も。
指先まで舐め上げ、仕上げと言わんばかりにその人差し指を甘噛みしてやれば、ぴくり、と身を震わせた麻衣が涙目で見上げてくる。首筋まで薄紅に染まり、戸惑いを隠せない様子ではあるものの、おとなしく為されるがままになっている桃のような彼女に口端を持ち上げるとナルは、どれだけ食べても無くならない、自分専用の甘いあまい果実を堪能するべく、その躰をラグへと押し倒したのだった。
END
愛しのmoggyさんに、お返し~~(*゜∀゜)ノとうっ
うぬ……moggyさんの素敵漫画には到底及ばないけれども、少しでも楽しんで頂けたなら幸いvv
……突貫妄想工事で、ごめんなさい…………
[7回]